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仮想通貨はやっぱり通貨的な何かだと思ってみた方がしっくりくる

今年の4月から仮想通貨交換業という概念が資金決済法の中に出来て、とりあえず仮想通貨が日本の法制度の中に組み込まれることになったのですが、結局この仮想通貨というものを財産法の中でどのように捉えたらいいのかはよく分からないままの状況が続いています。

 

財産法が捉える権利というのは、ローマ法の時代から物に対する権利(物権)と人に対する権利(債権)の二つが原則であって、その後、会社制度ができて社員権(株式会社でいう株式)や、特許などの知的財産権が生まれたわけです。で、仮想通貨がこのどれにも該当しないように見えるので、色々と意見が出ております。

 

一番主流な考え方は、「財産権」じゃなくて「財産的価値」としておけばいいんじゃないの、という考え方で、増島弁護士の以下の記述はそれを分かりやすく説明しています。

 

 

仮想通貨がブロックチェーンに載るという性質を含めて考えますと、司法上の性質としては人々の合意に基づいて生まれた何等かの財産という位置づけを一時的にしておけば良いと考えております。
ここでの合意と言うのは契約上の法的なものというよりは、皆の期待によってこのような価値があるのだろうという緩い意味での合意、さらにプロトコルという意味でのブロックチェーンの仕組みの下で生まれた仮想通貨について取引をする合意があるという約款的な構成をしているわけですが、そのようなものとして位置付けておけば解釈の方向が出るのではないかという議論をしています。

平成28年9月 仮想通貨ビジネス勉強会の様子 | 日本仮想通貨事業者協会(旧 仮想通貨ビジネス勉強会)

 

今の法体系の中での考え方という意味では一番しっくりくる考え方。

例えば秘密鍵を盗まれて仮想通貨を抜かれたというのであれば、それを戻すという強制執行をしなくても、不法行為の損害賠償請求権という従来の枠組みで金銭執行すればそれでよいのでは、ということで。何らかの価値があるという認識だけしておけば、仮想通貨でいう「財産的価値」を法体系のどこかに組み込む必要はない、ということかと。

 

ただ、そうやって割り切って考えるのもなんか気持ち悪いなと思う感覚も何となくあって。

 

一つは、「現行法の体系とは全く異次元の世界を暗に認めてしまっている」という気持ち悪さで、敗訴判決確定直前に自分の全財産を仮想通貨に換えれば簡単に執行逃れができるじゃないか、とか、その辺は良いのかという話です。

 

もう一つは、仮想通貨の通貨っぽい側面をあえて無視しているように見えてしまうことです。この考え方だと、例えば名誉権とか、情報とか、そういった概念と同じカテゴリに仮想通貨を入れ込んでしまっていることになるけどそれっていいのかという話です。

 

経済学上の通貨というのは、価値そのものとして通用力を持ちうるもののことで、ハイエクは、国が発行する通貨と非通貨との違いは相対的なものでしかないと評価しています。

 

貨幣であるものと貨幣でないもののあいだには明確な境界線があると普通は想定するし、法は概してそのような区別を設けようとするけれども、貨幣的事象の因果関係にかんするかぎり、そのような明確な違いは存在しないのである。むしろ見いだされるのは一つの連続体であり、そのなかで、異なる程度の流動性や互いに独立に変動する価値を持つ諸事情は、貨幣として機能する程度が互いにわずかずつ異なるのである。
常々、学生に説明すると役立つと思ってきたことだが、貨幣を名詞によって表現するのはいくぶん不幸なことであったし、もし「貨幣(マネー)」という言葉が異なる物事がさまざまな程度にもちうるある特性をあらわす形容詞であるならば、貨幣的現象の説明にとってもっと役立つであろう。この理由により、「貨幣(カレンシー)」という言葉はもっと適切である。なぜなら、物事は、さまざまな程度で「通用性(カレンシー)をもつ」ことができるからであり、また、全人口のさまざまな地域や部門ごとに異なる通用性をもちうるからである。

貨幣論集 (ハイエク全集 第2期)・88頁

 

貨幣を形容詞でとらえるっていうのは、およそ通用性のある媒体はすべて貨幣性を持つという意味かと思います。

世の中に価値というのは、使用価値(道具とか食料とか)、交換価値(市場での評価)、労働価値(交換財に付加価値をつけるもの)があって、通貨というのはこれらの上位概念としての「価値そのもの」を表現している取引の媒介物なわけです。通用性があるっていうのは、不特定多数の人がそこに何等かの価値を見出しているわけであって、普通は国家権力が強制的に通用力を持たせるべきところを、技術がそれを飛び越えてしまっているということが現実に起きているわけで。

 

私人が価値を直接作り出すことができるというのは結構ものすごいことで、例えば会社を設立して株式を発行し上場するという、私人が「間接的に」流通財を作り出すことは今までもできたのですが、何もないところから抽象的な価値を作り出して、それが現実に国境を越えて流通しているわけですから、ものすごいことだと感じるわけです。ビジネスインパクトという点でも、法制度をどうしていくのかという点でも。

 

インターネットの黎明期には、「パソコンを電話回線でつないで何の役に立つんだ」とか、「メール使わなくてもファックスでいいじゃないか」っていう人が多数派で、法規制も後手に回りまくっていて、その可能性をいち早く察知した人たちが長者になっていったわけです。

 

現状がそんな感じでいろんな人がいろんな動きをしているのに、今みたいなザル状態でもいいのかどうか。例えば粗悪なコインのICOをどう見るのかとか、法定通貨との接点がない場合は全く無規制でよいのかとか、金融商品としてどう見るかとか。

 

いろんなケースを考えてみると、だいたいは詐欺とか不正アクセスとか無登録ファンドとかで対応できそうな気もして、やっぱりこれでいいのかなと思いつつ、やっぱり通貨だと認識して、外国通貨に近いものとして法制度を考えていくべきなんじゃないかとも思うわけです。